奄美大島の旅③~必然~

「瀬相」に到着しなければいけなかったのに「生間」についてしまった私。
半泣きになりながら、仕方なく「瀬相」行きのバスが来るまで待つしかなかった。

外を眺めていると1台のバスが止まるのが見えた。
傘をさし急いでバスに向かう。
バスの運転手は、また仏頂面のおじさん。
私の不安はまだまだ続いた。

だけどとりあえず「瀬相」に行けるということにホッとした。

バスの出発を待っていると、もう1台別のバスが着て運転手さんが入れ替わった。
ここから奇跡の大逆転が起きる。

新しく乗り込んできたバスの運転手さんは、それはそれはとても親切でとにかく会話をしてくれる人だった。
「瀬相」までは、途中意味の分からない時間合わせのための1時間休憩とやらをはさんで約2時間。
おじさんと2人のバスの旅が始まった。

とにかく親切に会話をしてくれるおじさんに、私はまず瀬武集落の高千穂神社に行きたいのだということを伝え、今日中に名瀬に帰れるかどうかの確認をした。
「大丈夫」とのことに、ようやく私は半泣きの不安状態から解放された。

観光バスガイドかのように奄美のことを話してくれるおじさん。
歳は60代で、若い頃に仕事のために大阪に10年ほど住んでいたらしい。
どおりでここまでに出会った地元の不愛想な男性達とは違うと思った。

おじさんとの会話で、私は奄美大島のことをたくさん知ることができた。
奄美大島に来るまでに調べていたことを現地の人から直接話を聞くことができた。
もちろん私の知らないことも沢山あったし、おじさんから聞く話から気付きも沢山得ることができた。

私は「加計呂麻島の人たちは内地人が観光などで来ることに対してどう思っているのか?」と聞いてみた。
内地人にとって、やはりあまり観光地化されていない離島に足を踏み入れるということは恐縮する気持ちもどこかにあったし、あまりに地元の男性が不愛想で不親切だったから…

「日本人なら大歓迎だよ」
おじさんからはそんな言葉が返ってきた。
「外国人は…特に中国人はマナーがなくてあまり歓迎はできないかな。どこにでもゴミを捨てるしね。でも日本人はみんなマナーがあってちゃんとしてるから大歓迎。日本人の本当に素晴らしいところだよね」

そうなんだ…

私は尋ねた。
「でも、ここに来るまでの地元の男性たちはみんな怖かったよ。全然会話してくれないし、警戒されてるのかと思った」

「それはただシャイなだけなんだよ。ここの島の人たちは言葉を多く使わない。地元の人同士では言葉にしなくてもわかってるからいちいち言わない。それに外の人に慣れてないから、何をどう言葉にして話せばいいのかわからないだけなんだよ」

ここで誤解が解けた。
私が怖がっていた地元の男性たちは、決して私を警戒していたわけでも不親切にしていたつもりもなく、ただシャイなだけだったんだと…

ある人と重なった。

インドに滞在していた時、私はインド人の愛想笑いをしない「素」な感じが心地よかった。
無駄に人の機嫌を取ろうとしたり、余計な親切はしない。
だけどすっごく優しくて、こっちがニコってするとうっすら微笑んでくれた。

私は日本人のサービス精神のようなものは嫌いじゃない。
「親切心」は日本人の誇れる心だと思う。
だけど過剰すぎたり、押し付けがましかったり、「~べきだ」のサービスは正直好きじゃない。
日本人の良いところも、過ぎれば苦痛でしかないということ。
それは結局、互いに心を擦り減らす。

それに、本当の意味での日本人の素晴らしいところは「サービス精神」ではなく、自然と湧き起こる「親切心」という「思いやり」や「助け合いの精神」なのだと私は思う。

高千穂神社のある「瀬武集落」は、「瀬相」でまた別のバスに乗り換えて行くのだけれど、運がいいことに同じバスの運転手さんが「瀬武集落」行の担当だった。
この日の豪雨は、何十年に1回というくらいの酷さらしい。
それがラッキーなのかアンラッキーなのかはわからない。
だけど、もしこの日が晴天で予定通りフェリーに乗れていたとしたら、間違って「生間」に辿り着くこともなく、このバスの運転手さんに出会うこともなければ、奄美大島の方の生のお話を聞くこともできなかった。

結局はすべて必然ということか。

私の人生は本当に小学生の頃からずっとこんな感じだ。
試練ばかりの人生。
仲間外れ、嫌がらせ、家族の死、反面教師、不調和な環境の中での体調不良と孤独感。
周りに一切馴染めず、私1人だけが別の世界で生きているような感覚。
だけどそこには、他の人が知ることのできない沢山の宝物があったのも事実。

このバスの運転手さんに出会えたように…

私の人生においては、人ではなく先祖と宇宙がいつも味方だった。

「導かれている」とか「呼ばれている」という言い方は、正直昔からあまり好きではない。
だけど私の人生を振り返ると、それを認めざるを得ないことの連続で「今」私は生きてここにいる。

本当は色々写真を撮りたかったのだけれど、雨が酷すぎてリュックからカメラを出すことができなかった。

瀬武集落から高千穂神社へは徒歩での若干山登り。
帰りは海上タクシーのチャーター便を呼べば、瀬武集落まで迎えに来てくれるということなので、ひとまず安心してバスを降りた。
ちなみにバスのおじさんは、海上タクシーの電話番号をちゃんと2件も教えてくれた(笑)
「無理だと思ったら、途中で引き返すんだよ」と言って、バスは去っていった。

続く…