奄美大島の旅①~統合~

少し前に立ち上げた個人ブログにUPしていた記事ですが、ブログを削除することとなり、大切な記事だけこちらにコピーして残しておくことにしました。
宇宙に導かれ、私が6月に奄美大島を訪れた時のものです。

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私の奄美大島の旅の最初の目的地は、龍郷町にある今井権現神社だった。

なぜ私に「奄美大島」をいうキーワードが与えられたのか?
それを明らかにしたのがこの今井権現だった。

今井権現では毎年、奄美大島のユタ(原始信仰のシャーマン)による今井権現祭が執り行われている。
「海と森で女神と男神を結び合わせる」というもの。

これは陰と陽の統合を意味している。

女神と男神というのは、そのまま女と男を表しているわけではない。

陰と陽。
女性性と男性性。
精神世界と物質世界。
魂と肉体。
内と外。
闇と光。
悪と善。
女と男。

それらが全て結び合わさる場所。

今井権現には、日と月のシンボルが掲げてある。

奄美大島や今井権現の歴史的なことを言い始めるとキリがなくなってしまうので割愛するけれど、様々な歴史的背景がある上で、ここは陰陽の統合(陰陽和合=調和=平和)を祈って建てられたものだと理解できる。

源氏と平家の争い。
宗教戦争。
男女の争い。

同じ人間であるにもかかわらず、私たちは相反するものを互いに批判し争い続けてきた。
これは命を失うような争いに関わらず、かつての人生において個人個人が否定することのできない事実であるとも思う。
そして何より私たちは、「自分」という最も身近な存在を最も否定し批判し、そんな「自分」といつも闘い争い続けてきたのではないだろうか?

私がこの10年間ひたすらにやり続けてきたのは「自己統合」だ。
自分自身との統合。
肉体の自分と魂の自分の統合。
自分の内なる女性性と男性性の統合。
その作業を黙々と一人でやってきた。

宇宙から与えられる過酷な試練ばかりの人生を這いつくばって生きながら、自らの経験を通じて、それらを感覚と思考の両方から分析し研究してきた。
だから私の持っている知識や知恵は机上の空論じゃない。
すべてがリアルな体験から得たもの。

 

今井権現は、奄美大島の龍郷町の山の中にある。
入り口までタクシーで送ってもらい、その先は自分の脚で大きな岩の階段を上っていく。

雨の予報は出ていたものの、ありがたいことにまだ雨は降っていなかった。
どこまで続くかわからない、決して安全とは言い難い岩の階段をひたすらに登って行った。
登ることに必死で自分では数えていないけれど、159段あるらしい。
思ったよりも早く上まで辿り着いた。

 

別に何があるわけじゃない。
ただ山の上にこの建物がぽつんと建っているだけ。
とんでもないエネルギーを感じる…なんてこともなかった。

でも、ただ一言「よくここまで来たね」
そんな風に言われた気がした。

それは、私が歩いてきたこの10年の道のりのことでもあり、奄美大島に行くと決めてからここに辿り着くまでの10日間のことでもあった。
どちらも初めは何のことかわからなかった。
何かわからないけれど、私にはその場所に行かなければいけない気がする。
ただそれだけの感覚を頼りに、命を捨てる覚悟で私は叶うかもわからない覚醒(自己統合)の道へと足を踏み入れた。
それからの10年、私の人生は今井権現までの岩の階段以上に過酷な道だった。

今井権現に答えがあったわけでも、宝物があったわけでもなんでもない。
目指した場所に辿り着くまでの道のりに、私に必要な宝物が沢山あった。
そしてこの10年の間に拾い集めてきた沢山のピースが、今井権現に辿り着くまでの10日間ですべて組み合わさり、欲しかった「答え」に辿り着いた。

今井権現神社の前で、そんな気付きを得た矢先、「もう帰りなさい」と言わんばかりに雨がポツポツと降り出した。

 

新時代は「統合」の時代だと言われている。
それは、調和の時代であり、平和の時代。
その時代を牽引するのが、「自己統合」を完成させた私たちなんだ。

 

岩の階段は、登りよりも下りの方が怖かった。

「行きはよいよい、帰りはこわい」

私たちは、ただ調和のとれた元の状態に戻るだけ。
人間は、あまりにも分離しアンバランスになりすぎてしまった。

ただ元に戻るだけ。

だから怖くないんだよ。