愛することは「義務」じゃない

 

ツインレイの統合期を経て私は結局、自分のことは全て自分で面倒を見ることが最も幸せであるという結論に至りました。

 

相手に何の期待もしなければ、がっかりすることも失望することもない。
絶望に絶望を繰り返した結果、もう絶望すらしなくなった。
期待するだけ無駄だとわかった。

 

そして「期待」すること自体が、自分勝手な要求を相手に押し付けているエゴでしかないという事にも気付いた。
要求に対して答えるか答えないかを決めるのは相手であって、私が決めることではない。
これはビジネスにおいては当たり前としてやっていることなのに、パートナーシップとなると脆くも崩れ去ってしまった。

 

天使YUKA
天使YUKA

だからこそ、統合期において沢山のカルマの清算があったんだよね。

 

愛しているならこうしてくれて当然。
男女共ににそれは勝手な押し付けでしかない。
愛することは「義務」じゃない。

 

そして何より、私は自分でちゃんと自分の機嫌も取れるし、自分が一番自分のことをよくわかっているし、自分に必要なお金や物やチャンスだって自分の手でちゃんと手に入れられる。
自分の面倒は自分で見る方がずっと楽しく、ポジティブで豊かでいられるんだという事を改めて確信できた。

 

彼は私と真逆で、いつもネガティブな事しか言わない。
励ますのはいつも私の方で、彼は励ますのも慰めるのも下手くそだし、私が自分の稼いだお金で好きなもの買って楽しく暮らしているだけなのにいちいちケチつけてくるし、そういうところが本当に一緒にいてつまらなかった。

 

私は馬鹿ポジティブで自分に起こっていることは自分で全部わかるのだから、誰かに慰めてもらう必要も励ましてもらう必要もアドバイスされる必要もない。
ただ信じて見守っていてもらえることが実は昔から最も心地よい。

男性に甘えるのが下手なのではなく、甘える必要がないのだということ。
男性に頼るのが下手なのではなく、頼る必要がないのだということもよーくわかった。
だって、甘えられる人や頼れる人には男女関係なく必要に応じて甘えさせてもらったり頼らせてもらったりしているから。
甘えられない頼れないのは、その相手に甘える必要や頼る必要がないからなだけ。

 

だから結局は、自分の機嫌を自分で取りながらワクワクして好きなように自由に過ごしていられる方が幸せなんだってことが、よーくよーくわかった。

 

宇宙はこれに気付かせたかったんだ。
私は自分でちゃんと自分を幸せにしてあげられるだけのスキルもパワーも持っていることを徹底的にわからせるために、彼に「役に立たないダメ男」役をやらせていたんだって。

詳しくはこれを読んでね。

https://zuci.jp/3401/

 

もちろん人間の彼が意図的にそうしているわけじゃない。
彼は彼でただ自分のことで精一杯なだけ。
だけどそれも全てが必然であり、私がしっかりと完全に「自立」できるようになるための宇宙の計らいだった。

 

命に関わる病気が見つかってさえ、彼は私の前に現れなかった。
そのおかげで、私は死ぬまで自分の面倒は自分で見る覚悟ができた。
お金のことも、健康のことも、仕事のこともなにもかも。

終活をするお年寄りは、ちゃんと自分の面倒を最後まで自分で見ると考えている人たちなんだと思った。
素晴らしい。

 

私は今後も誰の言うことも聞く気はないし、徹底的に自分が幸せで在れることだけ考えるし、自分の人生の最後まで自分のことは自分で責任を持つ

 

今となっては過去の私はなんて不幸な選択(男性をあてにし期待していたこと)をしようとしていたんだと怖くさえなる。

父が他界した時に、結婚したってこういうことが起こりうるのだから男性をあてにしちゃいけないと思いながらも、どこかで淡い期待を抱いていた自分がいたことに大いに気付かされた。
自分の人生を他人(彼)に預けようなんて、自分の人生の主導権を他人に明け渡すなんて恐ろしくてしょうがない。

それに気付かせてもらえたことに、私はただただ宇宙に感謝しかない。

 

そしておそらく彼はどこかでそれを漠然とでもわかっていたしわかっているのだとも、昔からの彼との会話からうっすらと感じてる。
私が子供の頃から漠然と自分の使命に気付いていたように。

私が自分の気付いていることを彼に直接言わないのと同じように、彼もそうなのだろうと思う。
それが私たちの互いに対する深い愛なんだよね。
私が彼を、そんな弱っちい小さくまとまるような人じゃないでしょって感じているのと同じように、彼もYUKAはそんなヤワな人じゃないでしょって。
ツインレイは互いに魂の本質を見抜くことができるから。

 

自分の面倒は自分で見る代わりに、彼のことにも口出ししなければ干渉もしない。
ただ彼が幸せで在れるようにと想う。
彼だって自分のことは自分でできるのだから。
本来男性だってそんなに馬鹿じゃない。
ただ自分に自信がなかっただけのこと。

 

互いに自分の面倒は自分で見る。
自分の人生の責任は自分で負う。

 

それでもただ一緒にいることに価値や幸せを感じられる相手こそ、真に愛しあうことのできるパートナーであり、そうなれて初めて愛を与えあい愛を循環させ、真の豊かさを創造できる関係が築けるのだと思う。

 

私は数年前から母と与えあいの関係で毎日楽しく暮らしている。
初めからそうだったわけじゃない。
沢山の努力を重ね、自分と母の中にある刷り込みや囚われを解除しながら少しづつそういう関係を築いてきた。
お互いに差し出せるものを差し出しあって、協力して豊かな暮らしを生みだしている。
とっても心地よく笑顔に溢れた毎日。
今の私はこれが最高に幸せ。

そして私は、母に散々今まで夢を叶えるためにサポートしてもらってきたからこそ、私は母が死ぬまで責任をもって生活の面倒を見ようと決めている。
そこは私が今まで自分が選択したことに対する責任として自分の意志で決めたこと。
母親として自分のことを後回しにしてでも私に最大の自由を与えてくれた母に対する恩返しでもあり、決してそれは義務感からくるものではなく、ただ母の笑顔が私にとっての最高の歓びだから。

私が自由に、自分に素直に正直に好きな事でお金を稼ぎながら、母に自由に好きな事をさせてあげたい。
これが私が10年前に目指した世界。
かなり長い年月がかかったけれど、私は見事に今実現している。
でも、まだまだまだまだ叶えきれていない。

そして、女手一つで私を育て強く賢く生きてきた女性として、母から授かる知恵もある。
自立にあたって私に欠けていたものを母から受け継がせてもらった。

 

2人のことに関しては、あとは宇宙に全部お任せ。
彼がどう変化してどんな風に再び私の前に現れるのかを楽しみにしてる。
それまで私は今の幸せな暮らしを謳歌して、さらに夢を叶え豊かさを生みだしていく。

 

女性が男性に何も求めなくなった時、男性は自由に女性を愛することができるようになる。
愛は自由だから。
愛することは「義務」じゃない。
義務的に愛さなければいけないほど、窮屈で苦しいことはない。
自由じゃないならそれは「愛」ではない。

誰をどんな風に愛するか。
それも自由なことだから。

自由に愛させてあげる。
それが女性からの男性に対する「純粋な愛」なのだと今の私は思う。

女性が自立することで一旦男性を女性に対する責任という義務感から解放してあげる。
そうすることで男性は真に愛することの歓びを知ることができるのかもしれない。

 

∞LOVE∞
YUKA