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「許す」のではなく「認める」だけでいい

 

私たちは既に許されている
だから許す必要はない

私たちは既に受け容れられている
だから受け容れる必要もない

 

許そうとするから無理が生じる
許せない相手を責めたくなる
許せない自分をダメだと感じる

 

受け容れようとするから
受け容れられないことを拒絶したくなる
キャパオーバーになって苦しくなる
受け容れなければと無理をする

 

もう許そうとするのをやめてみる
もう受け容れようとするのとやめてみる

 

そしてただ
あるがままを事実として認める

それだけでいい

 

許そうとする必要も
受け容れようとする必要もない

 

「そうなんだね」

それだけでいい

 

私たちは既に大いなる宇宙に
愛されている
許されている
受け容れられている

 

だから愛する必要も
許す必要も
受け容れる必要もない

 

ただあるがままに対して
「そうなんだ」
「そうなんだね」

それだけでいい

 

私たちは生きているだけで
「愛」そのもの

 

誰かに愛される必要も
許される必要も
受け容れられる必要もない

 

既に愛されている
既に許されている
既に受け容れられている

この大いなる宇宙の庭である地球で
ただのびのびと自由に生きていればいい

そもそも
「許し」が必要であるという事は
「罪」が存在するからであり
善悪が消滅すると
「罪」はなくなり
「許し」は必要なくなるのだということに辿り着きました。

「無条件の愛」を突き詰めて得た私の答えです。

 

私たちは生きているだけで「愛」そのもの
これが私たちの真実です。

 

ですが私たちは長い間
生きていることが「罪」であるかのような刷り込みをされてきました。
罪悪感を抱かされて生きてきました。

自分はダメで無力な存在であると思い込んできました。

だから
「もっと頑張りなさい」
「人の役に立ちなさい」
「人を愛しなさい」
そうやって、ありとあらゆることを強制されてきました。

これらはすべて幻想です。

 

私たちは生きているだけで「愛」そのもの
私たちはすでに完全で完璧な存在です。
大いなる宇宙に愛されている
生きているだけで価値ある偉大な存在です。

 

「愛」は強制するものではありません。
「愛」は義務から生まれるものではありません。

 

「愛」は自由です。
「愛」はとても心地よいものです。

 

自由でないなら、心地よくないなら
それは真実の「愛」ではありません。

誰かを「愛おしい」と感じる気持ちは自然発生的に起こるものであり
「愛さなければいけない」という義務的な「愛」は真実の「愛」ではありません。

 

もう偽りの「愛」に苦しまなくていい。
「許し受け容れ愛さなければいけない」という義務感から解放されていい。

 

ただありのままの自分を
「そうなんだ」と認め
ただありのままの相手を
「そうなんだね」と認める

 

それだけでいいのです。

 

そして真に誰かを「愛おしいと」感じる時
それはたまらなく至福に満ちているのです。

 

∞LOVE∞
YUKA

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